生物多様性ホットスポット霧ヶ峰の紹介
霧ヶ峰の紹介

霧ヶ峰は、信州(長野県)のほぼ中央部、諏訪湖の北側にあるなだらかに起伏する高原で、八ヶ岳中信高原国定公園にふくまれています。最高地点は標高1,925mの車山です。本州で最大規模の半自然草原が広がり、国の天然記念物となっている3つの湿原もあります。晴天の日には、浅間山・美ヶ原・飛騨山脈(北アルプス)・御嶽山・木曽山脈(中央アルプス)・赤石山脈(南アルプス)・富士山・八ヶ岳などの山々の姿を周囲に望むことができます。
高原上を自動車道路がとおっているため、南麓の諏訪市や茅野市の市街地から自動車やバスで容易に訪れることができます。夏季には高原の稜線部に沿って北側にある和田峠や美ヶ原からも自動車で行くことができます。ニッコウキスゲをはじめとした花々の咲く風景を求めて、夏季には多くの訪問客があります。冬季にはファミリー向けのスキー場が開設されます。
周辺には、旧石器時代から縄文時代にかけての黒曜石の産地や縄文遺跡群など、古くからの人間活動の痕跡が残されています。山麓には歴史の古い諏訪大社や温泉地もあります。
地形と気候

霧ヶ峰をはじめとした中信高原や八ヶ岳をふくむ地域は、地質学でフォッサマグナとよばれるエリアにふくまれています。このエリアは、数百万年前まで東北日本と西南日本の陸地のあいたにはさまれた海でした。その後、この海底に砂などの堆積物がたまり、さらにプレート運動による地殻の動きで圧縮され隆起し、陸地になったと考えられています。霧ヶ峰の地形は、そうした地殻変動によって100万年ほど前に活動した火山がもとになってできたとされています。
現在の霧ヶ峰の地形は、標高約1,500m以上の部分が起伏のなだらかな高原状になっています。最高点の車山(1,925m)の北側に、蝶々深山(ちょうちょうみやま)(1,836m)、南の耳(1,838m)、北の耳(1,829m)などの小高いピークがつらなり、その西側のゆるやかな斜面の窪地に八島ヶ原湿原(34ha)、車山湿原(8.3ha)、踊場湿原(7.9ha)の3つの湿原があります。これらの湿原は国の天然記念物です。最大の八島ヶ原湿原は約1万年前に形成されたと考えられています。
このあたり一帯の気候は内陸性で、寒暖差が大きく、降水量が比較的少ない傾向があります。
生態系と動植物

霧ヶ峰の上部、高原状の起伏のゆるやかな部分(台上とよばれます)は、主に草原・湿原・森林の3つのタイプの植生におおわれています。草原は、火入れや採草によって維持されてきた半自然草原で、本州では最大規模の広がりを残しています。湿原は、八島ヶ原湿原・車山湿原・踊場湿原の3つの天然記念物です。岩が多い場所や急斜面で草の刈り取りに不向きな場所にはミズナラを中心とした小規模な落葉広葉樹林が残されており、樹叢(じゅそう)とよばれています。一部にはカラマツの植林地もみられます。



霧ヶ峰の草原や湿原には、絶滅のおそれのある植物が約70種生育しています。そのなかには八島ヶ原湿原に固有のキリガミネヒオウギアヤメ、本州の限られた草原にのみ生育するキリガミネトウヒレンなど固有性の高い植物もふくまれています。これらをふくむ草原性の植物にはユーラシア東北部の温帯草原に生育するものと共通性の高いものが多いため、氷期に大陸から広がってきたものに由来すると考えられています。草原性の鳥類であるノビタキやホオアカ、ヒョウモンチョウ類に代表される草原性の昆虫類も多く生息しています。これらのことから霧ヶ峰は信州(長野県)を代表する生物多様性ホットスポットのひとつとなっています。6月のレンゲツツジ、7月のニッコウキスゲ、8月のマツムシソウなど、霧ヶ峰の草原を彩る花々は多くの訪問客を惹きつけています。一方、近年ではニホンジカの生息数が増えており、花の食害など植生にあたえる影響が問題となっています。
歴史と文化

霧ヶ峰から周辺を見ると、同じくらいの標高の山々のほとんどすべてが森林におおわれています。しかし霧ヶ峰には草原が広がっています。これは、霧ヶ峰では火入れや採草により植生の森林化が押しとどめられ、半自然草原が維持されてきたためです。
この半自然草原の歴史が縄文時代にさかのぼることが最近の研究でわかってきました。その歴史をとくカギとなるのが、黒ボク土(くろぼくど)とよばれる粒子の細かい黒い土です。黒ボク土は、火入れをともなう草原植生が長くつづいた場所に生成されてきたと考えられています。霧ヶ峰の草原の大部分がこの黒ボク土におおわれています。最近の測定で、この黒ボク土の生成のはじまりが、霧ヶ峰では約5,800年前にさかのぼる場所のあることがわかりました。
その後も草原を利用する歴史がつづきました。八島ヶ原湿原の南側にある旧御射山遺跡(もとみさやまいせき)では、中世に騎乗の武芸をともなう祭祀がおこなわれたと考えられており、それを見物する桟敷(さじき)としてつくられたとされる地形が残っています。また祭祀や饗宴(きょうえん)につかわれた「かわらけ」とよばれる素焼きの土器が多く出土しています。また近世から20世紀の中葉にかけて、霧ヶ峰の草原は採草地として利用されていました。聞き取りによると、それらの草は牛馬の餌として利用され、また質の良い草を得るため4月下旬頃に火入れがおこなわれていました。草原への火入れは、景観の維持のため霧ヶ峰の一部では最近までつづけられてきました。このような人間活動により、霧ヶ峰では草原植生が維持され、氷期以来の草原性の生物相が維持されてきたと考えられます。
草原の危機と保全対策

花々の咲く草原の風景が親しまれてきた霧ヶ峰。それは縄文時代以来の自然とひととのつながりの歴史をとどめる文化遺産でもあります。しかしこの霧ヶ峰の草原の生物多様性は、危機に直面しています。その危機をもたらしている要因は、大きくいって2つあります。
そのひとつは、20世紀の中葉(ちゅうよう)を境に、暮らしのなかで草を資源として利用することがなくなり、火入れや草刈りが次第になされなくなってきたことです。霧ヶ峰の草原は、そうした植生への働きかけがなくなると、ゆっくりと森林化していきます。このようなことは日本の各地でも生じており、草原性の植物や昆虫のなかに絶滅のおそれのある状況となっているものが今では少なくありません。それでも霧ヶ峰ではニッコウキスゲなどの花が咲く草原の景観を守ろうと、地域のひとびとの手で火入れや草刈りがつづけられてきました。その景観は、観光資源として多くの訪問客をもひきつけてきました。けれども地域社会の人口構成の高齢化が進むにつれ、こうした作業をつづけることが次第にむずかしくなってきました。
もうひとつの危機は、過去10年あまりのあいだにニホンジカの数が急増し、ニッコウキスゲ、マツムシソウなど美しい花を咲かせるものを中心に、多くの植物が食べられてしまうようになったことです。ニホンジカの増加は日本全国で報告されていますが、霧ヶ峰ではその影響が2007年頃から目立つようになってきたといわれています。

このような状況を踏まえて、保全対策もおこなわれています。草原の花々をニホンジカによる食害から守るため、道路沿いやトレイル沿いにいくつもの電気柵が今では設置されています。これには大きな効果があり、柵の中では柵の外にくらべて植物の種類数も花の数も多く、花を訪れるチョウなどの昆虫も多いことがわかっています。またススキや低木、外来植物を刈り取って多様な在来の草原性植物を守ろうとする活動もつづけられています。このような活動を継続し、さらにその活動の範囲を広げるため、より多くの方々の理解と参加がもとめられています。